たのむから じゃんじゃん動物ぶっ殺して 俺を死なないようにしてくれ

たのむから じゃんじゃん動物ぶっ殺して 俺を死なないようにしてくれ

 

たぶんこれが答え!動物実験をすればするほど医学が進歩するのなら、人間のために動物の命を消費するのは致し方ない。と思った。

 

否定して綺麗事言うやつはインフルエンザに掛かっても薬飲むな、点滴するな。

1918年のスペイン風邪の原因は人類史上最初のインフルエンザウイルス。その原因特定が1997年。実に79年間もかけてのこと。人間の生への執念すげぇ!

このスペイン風邪によって、地球の人口20億人のうち、5億人が感染。5,000万~1億人が死んだ。

こんなんまた来て俺が死ぬのが単純にいやだ。そんな感染して死ぬ間際まで「動物実験の動物ちゃんの命が可哀想」とか絶対おもわんわな。多分そんときには後悔するはずだ。

だけあきらめよう。金どんどん注ぎ込んで動物実験じゃんじゃんして人間が賢くなって生き残ればいい。俺はその恩恵を健康保険で間引かれたお金を払って得る。最高!

人間は目の前にいるパートナーの動物だけ綺麗事いって命を尊重してればいい。自分勝手をつらぬきゃいい。

 

だから動物実験が人道に外れてるとか頭のネジの外れた意見をいってるやつは違うと思う。虐待を楽しんで非生産的な殺しをしてるのとは違うし。そんなやつはインフルエンザに掛かったてもおまじないで口と目にカットバン貼っとけ^^

 

俺は、俺自身と知ってる人達という狭いサークル内だけ長生きすればいいっていう自己中な考えの持ち主です。

んで、海のクジラのお腹からペットボトルとか出てきて死んでる様、野良犬が殺処分される様を見て、しばし心が痛む、矛盾の心をもってます。

んで、牛が肉になってヒトに食われるのにはあんまり心が痛みません。楽でいいです。つかめんどくさい。あ、でも絶滅とかになった時には、なにか出来ることないか探すかも。

 

ナチスの人体実験に至っては、現在の医学がその恩恵を受けている歴史資料を見て「あわわわ、ひでぇ」となりながら、実験成果の良い汁だけ吸って生きています。でも良いと思ってます。ようは思考停止、考えたら切りがない、すなわち自分さえよけりゃ良いという考え方。(なのでナチス実験の真偽とかの意見もどうでもいい。)

そして気が向いたときだ時間があるときだけ熱心に「命」について考えてる気まぐれ屋。こういう気分のときはナチス実験の真意の資料をネット検索で確かめるかもね。

 

俺ってひっでぇ人間だ。

 

命をひとつと数えるなら、動物実験の命も虐待の命も食用の命もひとつはひとつ。無駄にするか価値に繋がったかなんて殺された命にしてみれば関係なし。

さぁ、突き詰めて考えたときに俺と同じような考えの人は多いのか少ないのか。興味あるところ。

誰に向けたメッセージでもない、とあるメディアで自己中な意見を見て感じた、独り言でした。